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札幌簡易裁判所 昭和33年(ろ)89号 判決

被告人 東洋哲夫

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は、「被告人は札幌市大通西三丁目六番地株式会社北海道新聞社に雇れ、昭和三十一年三月から編輯局社会部に記者として勤務し、警察署、検察庁、裁判所等において司法関係の記事取材を担当していたものであるが、昭和三十一年七月七日施行の参議院議員通常選挙の選挙違反事件の記事を取材するに当り候補者岡村文四郎派の選挙運動者に関する公職選挙法違反被疑事件については確実な根拠がないにも拘らず同年七月二十六日頃中央警察署において『道警捜査二課、札幌中央署では参院選岡村派の違反を追究していたが、この結果去る十八日逮捕した吉田明正等運動員五名が主体となつて全道にバラまいた買収金額は約千三百万円、これを受けた有権者は約九十名にのぼることが判明、二十六日までに関係者を殆ど検挙、身柄不拘束のまま札幌地検に送致した旨』更に事件の内容として『吉田らが参謀格となり寄附の形で各組合から資金を集め、国見泰治ら八十数名に一人あたり千円乃至数万円合計約千三百万円の現金または酒菓子などを与え岡村候補えの投票を依頼したことが明らかになつた』旨の虚偽の事実を記載した原稿を作成しこれを右新聞社社会部に送稿し、よつて編輯された結果同月二十七日附夕刊第三面に『岡村派の参院選違反摘発、現ナマ千三百万円、運動員五名を逮捕全部にバラまく』との見出しの下に前記趣旨の記事を掲載し、同日札幌市内の購読者に対し約八万部配布し以て右吉田明正の名誉を毀損した」というのであつて、証人角五郎の当公廷での供述、角五郎に対する検察官の供述調書並びに同人の供述書、被告人の当公廷での供述、被告人に対する検察官の昭和三十三年六月十三日附供述調書、押収に係る証第一号北海道新聞一枚を綜合すれば、被告人は公訴事実のとおり株式会社北海道新聞社に勤務し記事取材を担当していたこと、前示記事の原稿を作成送稿しこれにより右記事の掲載された北海道新聞が編輯発行され購読者に配付されたことの各事実が認められる。また被告人吉田明正外五名に対する昭和三十一年八月二十八日附公職選挙法違反被告事件の起訴状謄本、被告人岡村文四郎外二名に対する同年九月十八日附公職選挙法違反被告事件の起訴状謄本、被告人吉田明正外二名に対する同年九月八日附公職選挙法違反被告事件の起訴状謄本、検察事務官作成の捜査顛末書、宮沢検事作成の昭和三十二年七月七日施行の参議院議員通常選挙に関する候補者岡村文四郎派の選挙違反事件整理カードによる違反調と題する書面(昭和三十二年七月七日とあるは昭和三十一年七月八日の誤記と認められる)、吉田明正に対する検察官の供述調書、相沢重義の供述書を綜合すれば前示新聞配付当時同新聞掲載の右記事のように吉田明正その他に対し公職選挙法違反被疑事件として捜査官において犯罪捜査中であつた事実が認められるがその買収関係人員が十数名でその金額も合計十数万円で右新聞記事のようにその人員八十数名、合計金額約千三百万円でなかつた事実が認められる。然れども証人角五郎並びに同菊野修治の当公廷での供述、相沢重義の供述書、被告人の当公廷での供述、被告人に対する検察官の昭和三十三年六月十三日附供述調書を綜合すれば、右人員、金額は、被告人が当時右事件の捜査を担当していた札幌中央警察署捜査知能犯係長北海道警部相沢重義から聞知取材しこれに疑をさしはさまず該記事を作成送稿したもので、被告人がこれを真実であると信じ、かつこれを信ずるにつき正当の事由があつたことが認められ犯意を阻却するから刑事訴訟法第三百三十六条に則り無罪の言渡を為すべきものとする。

よつて主文のように判決する。

(裁判官 伊藤武道)

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